言いそびれたこと

これまで生きてきて言いそびれたことを残しておきます。

この勉強、将来何の役に立つの?

大学生の頃、中学生相手に塾講師のアルバイトをしていた。

個別指導の教室だったので、1回の授業で1〜2名を受け持つスタイルだった。多感な中学生のことだ、話したいこと、聞きたいことは山のようにある(そうでない子もいたが)。授業と関係ない事でも、なるべく答えてあげるようにしていた。自分の知っている事、経験してきたことが、一つでも彼らの将来につながれば良いと思ったからだ。科学が好きな生徒で、「科捜研に入るにはどうしたらいいの?」と聞かれたこともあった。当然答えられなかったが、それはまたの機会にする。

今回は、答えられなかった質問の中で、一番ありがちで、一番歯がゆいものをセレクトした。

「数学とか、将来何の役に立つわけ?」

そう聞いてきたのは、中学2年生の女子だった。成績は悪いが賢い子で、ニコ厨だった。着メロがきらレボの『バラライカ』だったので話を振ったら「やらないかですぅ〜〜」との事。ああそうか。そうだね。

数学が将来何の役に立つか。考えたこともなかった。いや、考えたことはもちろんあるのだが、答えは出せずにいたのだ。この質問は、自分が彼女と同じ歳の時に、母親に対して投げたものでもあった。その時の母親の回答は『何でだろうね?』だった。俺はこの回答に絶望したのだ。だから、生徒に対して同じ回答をすることは絶対に許されなかった。しかし、わからないぞ。さあどうする。

俺が出した答えは「塾の先生になれるよ!」だった。

そして彼女は呆れた顔でこう言った。「そうじゃなくてさぁ〜〜!」。そりゃそうだ。すまん。

彼女自身、答えにさしたる期待は持っていなかったのだろう。その場は何となく笑ってごまかせた。 だが、この質問に答えられないということは、俺自身勉強する理由を持たないまま何となく勉強して大学生になり、目的もなくただ金のために教えていたという事だ。 アルバイトとはいえ、生徒にとっては青春の貴重な1時間を自分の授業に費やしてくれているのだ。申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「将来のために」とは言うけれど

実は、この質問には教室としての公式回答があった。後日研修があって、そこで知った。

曰く、『今、もし君たちに将来の夢が無かったとしても、いつかなりたいものが必ず見つかる。その時に困らないために、今勉強するのだ』。

実際、この答えに納得して、熱心に勉強する生徒もいた。「今勉強するかどうかで人生が決まりますから!!」と言っていた。俺はそんなに熱心に勉強したことが無いので、内心尊敬していた。きっと彼は自分の人生を良い方向に持っていくだろう。

一方で、誰もがこの答えに納得出来るわけではないとも思っていた。就活ガイドブックに良く載っているような『3年後、10年後の自分をイメージしてキャリアビジョンを考えましょう』なんてことが絶対に出来ない、刹那的なタイプの人間だ。

彼らが欲しい言葉とは何だろう。「そんなことじゃ絶対後悔するぞ!」という厳しい言葉だろうか?それとも「将来のことなんて分からないわよね〜」という甘い言葉だろうか?

役に立つものとは何だろう

もう今となっては彼女と話す事もないだろうが、後になってどうしても聞きたいと思った「逆質問」がある。

「逆に聞くけど、役に立つものって何よ?」

彼女ならこの質問に何と返すか想像してみたが、思い浮かばない。きっと、それだけ彼女に対する理解が足りなかったのだ。 10年前、答えに窮してしまった理由の一つはそこかもしれない。

「勉強は将来の役に立つ」と思える人間がいる一方で、「何の役に立つか分からない」人間がいる。彼らの違いはなんだ?答えは価値観だ。 何が役に立つのか、それ自体が全く違うのだ。 ならば、勉強以外に何か役に立つものを知っているか、それが聞きたかった。

だから、教師の回答としては失格かもしれないが、自分が「役に立つ」と思えるものを何であれ学ぶのが大事だと思っている。 それはもしかしたら料理かもしれないし、プログラミングかもしれない。旋盤かもしれない。 なんならBL本収集でも構わないと思っている。いや、言っといて何だが、どうだろうな…しかし、これも価値観の違いのはずだ。多分。

いつか役に立つ、多分

自分が高校生の時、倫理の授業があまりに面白くて、とうとう「大学で哲学やる」と言い出した為、ガチ理系の父は猛反対した。 理由は「文系では食っていけない」ということだった。

だが、一人息子ということで甘さもあったのだろう、結局俺は哲学科に進学した。

そして、父の言うとおり全然就職出来ず、何とか滑り込んだ会社は哲学まったく関係ない物流業で、フォークリフトを乗り回す日々が始まった。同じく哲学科の嫁は3年就職浪人した。

今、俺は2度の転職を経て、なぜかプログラマーをしている。学生の時に数学をサボっていたおかげで、アルゴリズム力はクソだが、ドメインモデリングは得意だ。 哲学は現実を抽象化して考えることが多いから、その中で鍛えられたのかもしれない。

新卒で入社した物流業界の知識も役立っている。EDIやSCM関連のシステムを設計する際、基幹システムや帳票類についての知識がベースにあると理解が早い。バーコードの規格なんかの知識もふとした時に役に立つことがある。

もし、父の言うとおり、理系の大学に進んでいたら、もしかしたら一直線にプログラマーになっていたのかもしれない。だが、きっと今の俺とは違うベクトルの専門性を持っていただろう。どちらが正しい道とは言えない。寄り道によって得るものは多いと思う。

学んできたことや、歩んできた道を、いつどこで活かすかは自分次第だ。自分で決めればいい。

だから、もしもう一度あの質問をされたら、俺はこう返すつもりだ。

『数学とか、将来何の役に立つわけ?』

「自分で決めていいよ!」

『そうじゃなくてさぁ〜〜〜!』