Ubieに入社しました
正式入社は2月からなのだけど、実は1月からすでにちょこちょこ稼働していた。
SET(Software Engineering in Test、テスト領域に強みを持つソフトウェアエンジニア)として、プラットフォームエンジニアリングチームの中で働いている。

入社の経緯
2025年10月に、自分が実行委員も勤めている JaSST Online というイベントで登壇した。タイミー社さんとUbieから自動テストのお悩みを持ち寄ってもらい、自分と井芹洋輝さんの2人で相談に乗るという形式のイベントだった。イベントの内容についてはUbieのMayさんが書いてくれた記事に詳しい。
ざっくり言うと「AIに品質保証をさせるにはどうしたらいい?」というような内容だったんだが、ここでの会話がとても面白かったので、これをこのまま仕事に出来ると面白そうだな……と思い、カジュアル面談を設定してもらった。面接の過程ではイベントで話した9toonとyukuが出てきて、そこでも改めてやりたいことの方向性を議論して、良さそうだなと思ったので入社することになった。
入社後の所感
カルチャーが良いな、と思った。社内で使われているカルチャーガイドがほぼそのまま外部公開されており、選考中にもかなり熟読して、良いものだとは知っていたのだけど、入ってみてすごく「確かにこういう会社だな」と思えたので良かった。みんないい人たちだし、みんなからGRITを感じる。
あと、生成AI活用がかなり進んでいて、社内に便利な仕組みが色々入ってるのが良かった。特に好きなのがSlackの n8n図解 スタンプに反応してn8n経由でNotebookLMがスレッドの図解をしてくれるというもの。ニュース記事の要約などで真面目に使っている人もいれば、難解なギャグの解説に使ってる人もいて面白い。n8nの活用についてはテックブログの記事に詳しい。
他にも、AIコーディングエージェント周りのトピックや、今まで全く触れたことが無かったToCアプリケーションだったり、データパイプライン周りの話だったりを聞けるのもとても楽しい。
やっていること
目先では自動テスト周りの苦しみをゼロにしようとしている。CSSのリグレッションを自動検知する仕組みや、LLMに失敗したテストを食わせて原因を分析させるような仕組みを入れるのにトライしている。久しぶりにエンジニアとして手を動かしているので(とはいってもコーディング作業はだいたいClaude Codeなのだが)、ようやく勘を取り戻してきた。
ゆくゆくは「ノールックアプルーブ」、つまり人間のレビューを経ずにマージできる変更の数を最大化するのに取り組んでいきたいと思う。今でも軽微な変更であればAIに全部任せてしまうケースがあるようなのだがまだまだ少なく、十分にテストなどの評価関数が用意できていればこの数を増やしていけると思う。
同僚エンジニアに自己紹介したときに「すえむー(Ubie内での呼び名、後述)のミッションを知りたいな。例えば1年後に、どんなことがあったら自分はすえむーに怒っていいと思う?」と言われて答えたのが「デプロイできなくてイラついたら何でも文句言いに来てよ」というものだった。マジでそうありたいし、0秒で開発も検証も終わる最強のプロセスを作りたいと思う。
入社当時は「できるのか……?おれに……?そんなことが…………?」という気持ちだったが、同僚がみんなすごいのでなんとかなる気がしてきた。みんな、オラにプログラミング力を分けてくれ!
余談
Ubieはあだ名で呼び合う文化ということで呼びやすいように「すえむー」という呼び方を提案したんだが、入社直後にダジャレを連発したせいで「爆笑王」と呼ばれている。べしゃり暮らしの序盤か?

Autifyを退職します
社会復帰しました。今日からAutifyで働いてます。 pic.twitter.com/5xl8fvsVj2
— tsuemura (@tsueeemura) August 19, 2019
ここから約6年5ヶ月。自分の人生の中で最も長く在籍した組織になった。
入社した時は自分も含めて5人しかいなかった会社が、100人規模まで成長するのを見られたのは他では得難い経験で、入社後半年でコロナ禍でオフィスがシャットダウンしフルリモートに移行したりなども含めて、スタートアップらしい起伏に富んだ楽しい6年余りだった。
ラップトップをリセットしようとしたらWindowsが「これには数時間かかることがあります」というので、その間にちょっと退職エントリを書きながら余韻に浸ろうと思う。

入社のきっかけ
前職はOPENLOGIという物流スタートアップでQAエンジニアとして働いていて、自動テストなどにも手を出していた。なかなか面白い技術領域で、ちょこちょこOSSコントリビューションなどもしていたので、こういうのを仕事にできたらいいなと思っていたところにTwitter(現X)でSoftware Engineer in Test (テスト特化のエンジニア的なロール)の募集要項が流れてきたのが応募のきっかけ。
SETも募集中です!https://t.co/kMJPUeQ4Q8
— 近澤 良 | Autify CEO (@chikathreesix) June 19, 2019
と言っても、その時点では全然転職するつもりがなく、なんとなく当時自動テスト回りについて抱えていた課題感を書きなぐってフォームに投げたくらいの感じだった。そうしたら代表の近澤さんから「ぜひ会いましょう」とメールが返ってきて、当時水天宮にあったオフィスに面接に行くことになった。指定された住所に行ったら花屋しかなく、困ってメールしたら上のマンションの窓からTシャツ姿のナイスガイが「おーい!」と呼び掛けてくれて、今でも覚えている。

当時はたった4人のスタートアップで、マンションの一室で開発していた(ほか、業務委託でリモートで働いている人が数名)。少人数・正式リリースもまだの状態なのに既にコーポレート業務専任の人がいて、プロダクトも正式リリース前なのにめちゃくちゃちゃんとした会社だな……という印象を受けた。
あと、今は割と当たり前になったかもしれないが、面接日程は候補日を出さなくてもCalendlyで直接予約できたし、書類回りはみんなDocuSignで電子契約が回ってきて、面接以外でオフィスに出向く必要がなく、かなり衝撃を受けた。
子供もまだ小さかったし、アーリーステージのスタートアップに入ることに若干不安もあったのだが、近澤さんも含めて子持ちが多かったのと、コロナ前だったが週1リモートデーがあって、それ以外の日も必要に応じて各自リモートに切り替えてOKというスタイルだったので、それならまあ何とかなるか~~という感じで入社した。
入社~テクニカルサポートエンジニアチームの創設
オファーレターにはざっくり次のようなことが書いてあった。
- Autifyの開発
- AutifyのQA
- Autifyのサポート
- Autifyのプリセールス
要するに全部である。加えて、この頃すでに 神龍の記事 などでテスト自動化芸人としての認知を得ており、いわゆるエバンジェリスト的な活動も期待されていた。そう、要するに全部である。
さておき、入社当時はまだプロダクトの正式リリース前で、β版としてごく一部のユーザーに使ってもらっている段階だった。これらのユーザーの環境で起きた問題のトラブルシュートと改善が入社当初の主な仕事だった。
Autifyは自動テストのSaaSで、やっていることとしてはSelenium(など)を用いてブラウザを自動操作するだけなのだが、実際にはテスト対象のWebアプリケーションを構成する技術スタックは多種多様で、様々な互換性の問題によりテストが失敗する可能性がある。加えてクロスブラウザテストになると、ブラウザの仕様の違いによるエッジケースを踏んだり、ブラウザの自動操作ドライバにバグが潜んでいたりすることも少なくなかった。とはいえ、自動テストがテスト対象の故障「以外」で失敗してしまうのは自動テスト失格なので、出来るだけそうしたケースを防いだり、仮に起きてしまったとしても何かしらの方法で安定動作させられるような回避策をお客様に提示する、というような仕事をしていた。このへんの試行錯誤の一端が↓の資料・記事に出てくる。
この仕事にいつしか「テクニカルサポートエンジニア」という名前が付き、チームになり、だいたい4年ぐらいこの仕事をしてきた。
moatという言葉がある。直訳すると「堀」、意訳すると「参入障壁」になるが、要するに「他社が簡単に真似できない強み」のことだ。少なくとも当時のAutifyのビジネスモデルやアーキテクチャーには他社が真似できないようなところはそう多くなく、仮にGoogleやMicrosoftが本気を出したら一週間で真似されてもおかしくないと思っている。だが、たくさんのユーザーのたくさんのアプリケーションを実際にテストして、様々なエッジケースに既に対応済みであるという実績とコードベースは容易に真似できない。
ソフトウェアのこうした品質を表す言葉として "battle-tested" というものがあるが、テクニカルサポートエンジニアはまさしくAutifyをbattle-testedにした立役者だと自負している。
当時このテクニカルサポートエンジニア職について書いた記事があり、今もWeb Archiveから見ることができる。
https://web.archive.org/web/20201117030622/https://blog.autify.com/ja/about-tse
エバンジェリストとして
エバンジェリストとしての活動はもともと期待されていたのだが、社外でのプレゼンスをより高めようということで2024年後半ごろからEngineering組織を離れ、Marketingチームで「品質エバンジェリスト」という肩書で仕事をすることになった。主にウェビナーやブログ記事の監修、カンファレンスなどでのスポンサーセッション企画・登壇を担当していた。ちょうどこの時期に自動テストの入門書を出版することになり、「詳しい人」としてユーザーの自動テスト戦略に乗ることもあった。公開されているものだと、レバレジーズ様で勉強会を主催させていただいたりしていた。
この時期ほぼ月1~2ぐらいのペースで登壇をしており、ちょっと思い出しきれない。覚えてる限りでリンクを貼っておく。
自動テストはどのように進化したのか? 自動テストと寄り添ってきたAutifyが考える「これからの自動テスト」とは (1/3)|CodeZine(コードジン)
「AI×開発組織Summit」に登壇します!💫
— Hara Kazunari 🟢 (@herablog) August 8, 2025
2年前に立ち上げた「クライアントテスティング室」での取り組みを中心にお話させていただきます🧑💻 https://t.co/ULJr9kSbCj
新製品のリリースパーティーなども開催した。
あと、JaSSTのプレミアムスポンサーをしていたため、全国のJaSSTでスポンサーセッションをした。
人生の中で最も名刺を配り、最も高頻度で出張しており、ものすごい人脈が出来た。途方もなく大変だったが、やって良かったと思う。
英語について
ところで、Autifyは創業初期からグローバル展開を前提としたプロダクト作りと組織作りをしていて、アーリーステージのスタートアップにしては珍しく英語公用語を採用していた。そんな会社に自ら進んで入社するぐらいなのでもちろんtsuemuraは英語堪能……というわけではなく、大学入試以来ほぼ英語を使う機会が無く、たまにOSSコントリビューションで簡単な英作文をする程度だった。
入社時点のメンバーは全員日本人だったので特に不自由しなかったが、いざ英語話者のエンジニアを採用するとなったときにはもう全員気持ちを切り替えて英語喋らないとな、ということになり、とりあえず朝会が英語になった。そうはいっても喋れないものが急に喋れるようになるわけもなく、「なんて言ったらいいんだ」と英語でなんて言ったらいいのか分からず、とりあえず 𝓝𝓪𝓷𝓽𝓮 𝓲𝓽𝓽𝓪𝓻𝓪 𝓲𝓲𝓷𝓭𝓪... と言って失笑を買った思い出がある。
その他にも、自己紹介で30秒ほどフリーズしてしまう、好きな漫画の話を始めたはいいもののリアクションがまったくできず「ふーん」ととだけ返して沈黙し気まずい空気を生むなど、ひたすら失敗を繰り返しながら徐々に英語でのコミュニケーションに慣れてきた。こんな幼稚園児みたいな英語力のやつに話しかけられるほうはたまったもんじゃなかったのではないかと思うが、付き合ってくれた同僚たちには本当に感謝しかない。
英語力はCEFRという評価基準で年に2回計測され、2020年時点ではA2 Highだったのが、退職直前はB2 Highまで上がった。
英語が話せるようになったこと以上に、英語でコミュニケーションが取れなかったら永遠に知り合うことがなかったであろう人々と知り合って一緒に働けたのが何より素晴らしかった。Autify社内だけでなく、社外でも英語話者のエンジニアと知り合う機会が増え、2024年から Tokyo Test Fest というEnglish-speakingなテストに関するカンファレンスの実行委員をすることになった。
みんなへ
まあ、形式上「退職」という形になってはいるが、ラップトップと保険証と名刺を返す、ただそれだけといえばそれだけなんだよな。
ぶっちゃけ「退勤」ぐらいの気持ちだよ。おれはね。また出社するときはよろしく。それじゃ、 :seeya: for now 👋

在宅ノマド向けデスク環境(2024年春最新版)
状況
都内の3LDKに住んでおり、1部屋を仕事用にしていたが、家庭環境の変化により使えなくなってしまった。その日の状況により、リビング、子供部屋、車内など仕事場所を変える必要があり、かつ仕事してないときにはスペースを圧迫しない環境にしたい。
そういうわけで、しばらくラップトップ1台だけですべてが完結するようにしていたのだが、最近オンライン登壇が増えてきたのもあって、スライド投影用に外付けディスプレイが一台欲しくなってきてしまった。
また、家の中をチョコマカ移動しながら仕事してると、気がついたらバッテリーが10%切ってるようなことも普通にある。場合によっては電源が取りにくいところで仕事することもあったりするので、この問題は結構シビアだ。
実装
こういう感じになっている。

見えにくいが、ラップトップとタブレットの高さを調整するために折りたたみ式のスタンドをかませている。
ディスプレイは13インチ、4Kのものを使った。フルHDや2Kなども試したのだが、これらはピクセルの密度がMacbookのディスプレイに対して粗く、目が疲れてしまったので、4Kのものに変えた。
iPadを買ってSidecarを使う手も考えたのだけど、ディスプレイのために6万とか払うのも気が引けるし、中古で買うとLightning端子を用意しておかないといけなくなる。そのため、今回は外付けディスプレイにした。
ディスプレイは気分で使ったり使わなかったりする。元々複数のディスプレイがあると気が散ってしまうタイプなので、利用頻度は半々ぐらいだ。画面共有をしたいときとか、ドキュメントを写しながら仕事をしたいときなどに使っている。
電源
Ankerの大きいバッテリーを使っている。パススルー充電できるので、外部電源が生えているところで仕事するときはバッテリーに充電して、そうでないときは外付けバッテリーを使う。
電源のくびきから解き放たれるのはなかなか体験が良い。これと別に楽天WiFiを契約しているので、電源やWiFiがあるカフェを探さなくても、適当なところで仕事できる。
作業環境
デスクはキャンプ用の折りたたみのものを使っている。このデスクも常に使うわけではなく、ベッドに腰掛けて仕事をするような時に使う。
場合によっては床に座って仕事をすることさえあるので、そういうときは全てを諦めてラップトップとディスプレイを床に置いてしまう。といっても、スタンドがあるのでしっかり高さは出せる。床に直で座るのはややしんどいので、キャンプ用のローチェアを使っている。
片付け
仕事が終わるとこんな感じで折りたたむ。ドキュメントバッグに一式入ってしまう。折りたたみと展開がちょっと手間かなと最初は思っていたが、慣れてくればどうということはなくなった。

その気になればこれをそのまま持って出かけることも出来る。ただし重い。実際に出かけるときはラップトップとバッテリーだけをよそ行きのバッグに入れて持って行くことが多い。
感想
マンション暮らしだとこのぐらいコンパクトなほうがスペースを広く使えて楽。かっこいい書斎に憧れなくはないが、据え置きのものはどうしても片付けの邪魔になるので、畳んで収納できるものは便利だ。
余談
以前は Xreal Air とインフィニティチェアを使っていたのだが、 Xreal Air は眼精疲労がキツく、インフィニティチェアは座ってると頭痛がするようになったのでやめてしまった。
さわやかな人間を目指している
ジョジョ第5部はおれが初めてリアルタイムで通して読んだジョジョだ。冒頭でジョルノ・ジョバァーナの人物描写として「荷物を盗まれたにも関わらず嫌な気持ちにならない」やつだというのがあり、正直それの意味は全く分からないのだが、そういうやつになりたいと最近思うようになっている。
おれは昔からひねくれていて、なんとなく奇をてらうようなことをしたり、嫌味やキツい自虐を言ったりしがちだった。そういうのがかっこいいと思っていた。
もうちょっと言うと、SNSで人をフォローしないのがかっこいいと思っていた。フォロワー数がフォロー数より多いのをかっこいいと思っていた。今となってはもうその考えが究極にダサいのだが、なんか謎の美学があった。
なのだが、ここ最近になって急にそういうのがどうでもよくなってきた。普通に、奇をてらわずに、嫌味ったらしくなく、誰とでも仲良くなりたい。誰にでも気さくに声をかけたい。
どうしてこう思うようになったのか、はっきりはしていないのだけど、ここ数年他人との意見の衝突が多く、おれが言う事を誤解されることがすごく多かったのが関係していると思う。なんか、もっとサバサバと言いたいことを言いながら、それでいて特に嫌な感じがしない人間になりたいと思ったのだ。
周りの人間を見てると、たしかにそういう人はいて、そういう人たちを一言で表すと「さわやかなやつ」だなと思った。なんとなく、そういう人たちはもう生まれつきさわやかなんだろうなと思い込んでいたのだけど、別におれだって今からさわやかになれるんじゃないかとふと思い始めたのだよな。
おれは多分、さわやかなやつらに憧れながら、そいつらにコンプレックスを抱いていて、すっぱい葡萄みたいに思っていたんだと思う。でも、最近いろんなコンプレックスを頑張って解きほぐしてきて、その結果として素直に憧れたり、目指したり出来るようになってきたんだと思う。
まとまらないけど、おれはさわやかで、誰とでも仲良くできて、いつもプレーンに意見を交換でき、それでいて前歯を一本クラゲに変えられるようなやつを目指したいと思います。
マンガを一気読みするのはとてももったいない
よく、人にマンガを勧めると「完結してからまとめて読むようにしてるんですよ〜」と言われるのだが、非常にもったいないので今すぐ1巻だけ読めと勧めるようにしている。
おれも以前は完結してから読むタイプだったのだが、そうするとだいたい読んだ先から忘れていってしまう。記憶に残るマンガは、何度かに分けて読んだり、連載や新刊で毎回追いかけていたりするものだ。
マンガに限らずだいたいの創作はそうだと思うのだが、読んでいる間だけが読書時間ではない。むしろ、続きが気になる状態で、最後に読んだシーンや記憶に残るシーンを繰り返し反芻したり、続きを何通りか予想したりしている時間も、同様に読書時間に含まれるのだ。
マンガを一気読みしようとすると、大作であれば少なく見積もっても10時間ぐらいは見積もらないといけないかもしれない。おまけに、10時間集中が持続する人間はほとんどいないので、どんなに熱中していても結構な数の名シーンを流し読みしてしまう。つまり、10時間のうち、下手したら8時間ぐらいが無駄になってしまうかもしれない。
だが、例えば30分ずつ毎日読み進めたら、20日かけて一つの作品を消化できることになる。おまけに、読書時間は10時間に限らない。良い作品であればあるほど、四六時中その作品のことを考え続け、20 * 24 = 480 時間かけて一つの作品を消化することになるのだ。こんなに贅沢な読み方が他にあるだろうか?
というわけなので、マンガ(に限らずだいたいのもの)は一気に消化しないほうがコスパが良い。気にせず連載を追いかけていこう。ジャンプを定期購読しよう。
「モヤる」って言わないようにしている
昔は結構「モヤる」という言い回しを多用していた。例えば次のような使い方だ。
「◯◯社のNさんに『半年以上放置されてたのだからすぐ取り掛かってほしい』って言われたんだけど、なんかモヤるな」
要するにモヤモヤした気持ちのことを表している。当時はSlackの分報、いわゆるtimesチャンネルという個人チャンネルにこういうのをつらつら書いていたのだが、この言葉を入れると不思議と誰からも返事が来ないことが多かった。なので、意識的に使わないようにしていたのだけど、最近ようやく理由が分かってきた。
先に挙げた例のような使い方だと、Nさんに言われたことについて何らかの不穏な感情を持っていることを示唆しているのだけど、「モヤる」という言葉にどのぐらい強い意味を込めているのかが分からないし、そもそも読み手にどのようなアクションを求めているのかがはっきりしない。
おれが昔「モヤる」という言葉を使っていたのは、多分表現やコミュニケーションの未熟さから来ていた。Nさんに言われた、ちょっとチクっとする言葉について、色々と思うところがあるのだけど、それをNさんに面と向かっては言えず、自分でも上手く説明できず、誰にどう相談すれば良いかも分からず、気持ちの整理を付けないまま素朴に吐露してしまったのだと思う。
ただ、こういう素朴で雑な表現を使ってしまうと、読み手にニュアンスが伝わらず、みんなどう返事したら良いか分からなくて、結局「誰もおれのモヤモヤを救ってくれない」みたいな気持ちになってしまう。これは非生産的なので、悪い習慣を自覚して自分から止めれたのはすごく良かった。
代わりに使っているのは「こう思います」「こうあるべきです」「どう思いますか」といった表現だ。また、自分の意見があれば率直に表明する。そして、誰に聞けばいいのか分からなくてもとりあえず誰かにメンションする(オンコール用のエイリアスがあればそこに送る)。
とはいえ、昔はこれが出来なくて「モヤる」で片付けていたわけで、じゃあ何が変わったのかと言うと、自信が付いたことと、他者を信頼するようになったことだと思う。間違った人に聞いても怒るような人はいないし、的外れなことを言って笑う人や、言い方一つで怒鳴りつけてくるような人はいない。そして、おれはそうそう的外れなことを言わないし、そうそう怒らせるようなことを言わない。こうやって考えられるようになったので、おれはもはや「モヤる」という言葉を使わなくて良くなった。
「モヤる」に代表される雑な表現を避けると、自分の言いたいことをきちんと相手に伝えられるようになる。言語化能力はもとより、自信や信頼など必要なものは多いのだが、避けることによるメリットは多いと思う。
行き詰まった時には書き散らすようにしている
ものを書くのが好きで、仕事でもプライベートでも結構な分量のものを書いている。一方、世の中に出せるのは本当にごく一部で、ほとんどは手元のエディタでmarkdownでペロッと書いてそのまま消え失せている。
書くのはそこそこ速いほうだと思うんだが、生産性というか世にアウトプットを出す速度としてはかなり遅く、特に人に見せるような文は結構難産になることが多い。
行き詰まることもかなり多くて、そういうときはボツネタとして置いといて、必要になったときに再開することが多いのだが、最近は公開を前提として書く、平たく言えばお願いされて記事を書くようなことも増えてきた。そういうときはボツネタにするわけにも行かないので、歯を食いしばってひねり出すことになる。
最近になってようやく、この「ひねり出す」コツをつかめるようになってきた。『ライティングの哲学』という本で紹介されていたフリーライティングという、思い浮かんだことをただひたすら書き散らしていく方法だ。誤字脱字は特に気にせず、ただ思ったことを書いていく。
これがどういう状態に効くかというと、あるトピックについて書き慣れていないときに効くのだ。書く練習とも言える。ぼんやり思っていたことがあったとして、それについていきなり体裁の整った記事を書こうとすると上手く行かないので、まずは体裁のことを何も考えずに書いて、理屈を整理していく。書き散らしたものをアウトプットとして再利用しよう、みたいな欲は捨てたほうが良くて、むしろ一度書いたものだから二度三度書けるだろうという考えの方がよい。
「練習」という言葉を使ったが、実際これは練習で、ある種のプロトタイピングなんだと思う。あるトピックについて記事を書くためには3〜4回の練習が必要だ、ということが分かってきた。学校で習った作文の仕方は、まず下書きをして、次に推敲をして、というようなものだったと思うが、実際には何度も書く練習をしないと書けないのだ。
行き詰まった時には書き散らす、というのがものを書くときの流れとして自分の中に根付いてからは結構サクサクとアウトプットを出せるようになった。ちなみに、この文章はほとんど書き散らしと同じ雰囲気で書いているので、多分読みにくいと思う。すいません。(オチなし)



